突然ではなく、続きの記事ですが、
科目として導入された「論理国語」について、何やら大変だ!重要だ!といった喚起をする内容を書きます。
お読みになると、いずれ「じゃあどうすればいいのよ?!」という叫び的な疑問が生じるはずですので、その部分を先にお答えします。
「ご家庭でできることはあまりない」
です。

論理国語の指導を明確にできる指導者が、(一応プロのはずの)塾業界にもあまり存在しない状況において、ご家庭で自己解決できることはほぼありえません。
それほど扱いが難しい、あるいは形の取りづらい分野です。
基本中の基本、小学校の低~中学年時の教科書音読(毎日)はウエイトが大きいです。
高学年になると手を抜き始めるお子さんが多いので、4年生頃までが勝負の限界です。
正しい言葉づかいの「読み」「発音」を体得させる必要があります。
保護者さんは「読んどきな」ではなく、お子さんの音読を聴いてあげてください。(ものの数分です)
ちなみにダメな塾ほど、お子さんに読み上げをさせず、指導者が一方的に読み上げをしています。
(下手すると読み上げの声がなく、「読んで解いて!」として言っていないケースがあります。0点の指導です)
お子さんに対して一方的に言い放つほど、保護者さんの読み方が巧くないこともあるので、ご自身も音読して見本を聴かせてください。
お子さんの読み方がご自身の理想ほど上手でなくても、勝手にハードルを設けないでください。
その場で巧く読ませる短絡的なことが目的ではなく、お子さんに「音読するのも思ってたより悪くない」「少し褒められた」「結構楽しいかも」という感覚を付け、好きになってもらうことが何より後から効いてきます。
たどたどしい所があっても、イライラ直さず、SNSで
を押すような感じで、お子さんの読み方を認めることです。
「うちの子は音読が下手で」「語彙力がなくて」「読解ができなくて」と、心配の余り繰り返しお子さんの前で言い切ってしまう保護者さんがいます。
保護者さんに「~がダメ」と言われた情報の影響力は、お子さんに「刷り込み」のように残ります。
「なにくそ!良くしてやる!」と反骨に捉えるお子さんほぼはいません。
何とはなしに「ぼくって(わたしって)そうなんだ・・・」が身に着くと、根が深くなっていきます。
魁は(本当に良いと感じないと言いませんが、)初回の指導を迎えたお子さんの音読を聴きますと、
「つっかえや読み間違えは、ぜーんぜん気にならないよ!聴きやすい!」
と言います。
(大事なことなので二度繰り返しますが、そう言うと決めているのではなく、本当に良いと思うからです。)
国語の基礎である音読をお子さんが嫌がったり、恥ずかしがったりするのは、聴いていた相手から「せっかく読んだ時の気持ち」を叩き潰されたことがあるからではないでしょうか?
それは、読み間違いを学校のクラスメートに笑われたことかもしれませんし、あるいは保護者さんが焦って「下手だね」という反応をしたからかもしれません。
どうしても、保護者さんからほめるポイントが発見できないならば、初めは「良いウソ」でほめるか、読んだこと自体をほめましょう。
遅きに失したタイミングで、無理やりに「音読しなさい!」とやり始めると、98%失敗して逆効果です。
その意味でも「ご家庭がすぐにできること」にはタイミングが伴います。
次回は「論理国語への準備度からわかる、その塾のレベル」について書こうと思います。
