突然ですが、
読者の皆さんは、数年ぶりに知人と会うことがあったら、初めに何を話しますか??
第一声は、
「キャー!久しぶり~!今どう?何してるの?」
といった近況を聞く質問で、それに対してお互い教え合うような会話が続くことでしょう。
魁は黄色い声こそ上げませんし、付き合いの古い友人の多くは首都圏在住なので、そうそう頻繁に友人と会うわけには参りません。
それでも、久しぶりに友と会った時の少しワクワクするようなテンションも、解散際の何となく寂しい心情も、共感することができます。
さて、
教育サービス業界はあくまで「受験を終えるまで」「契約が終了するまで」といった流れに沿ってお子さんと接するわけですが、お子さんに気持ちを入れて指導すると、
お子さんがその後どういう道を進んでいったのか??
ということがどうしても気になります。
役割を終えている以上、お節介で何かをできるわけではありませんし、そもそも教育サービス業の我々が何をそのお子さんに提供できたのか?と考えると、実に確証がない世界です。
当時こちらは知った顔して指導していたお子さんが学を積み、魁をはるかに超越する能力を発揮し、立派な道に進んでいることもありますが、それでも魁を「先生」と呼んでくれることに、何だかおれはエラそうな仕事をしているんだな~~と、時に恐れ多くなります。
そして、魁自らの仕事に直結する部分だと、
あなたを「~~高校」へ合格させるべく当時は指導をしたが、果たして入学後「幸せな高校生活」を楽しく送ることができたのか??
ということが、とてもとても気にかかります。
そもそもその時の自分の指導力(授業面も、進路指導面も)を顧みると、結構無茶苦茶だった記憶が呼び起こされて、恥ずかしいことから、余計にお子さんの「その後」が気になっているのだと思います。
*
魁の地元、埼玉は公立高校志向が強く、県全体で学区の指定がない(撤廃された)ため、県内の受験生が通学できる範囲で縦横無尽に公立高校を受験します。
それゆえに公立高校同士であっても「お子さんの取り合い」の雰囲気があり、独自色を出そうとしています。
もう、10年前になりますが(遠い目)、私が集団クラス指導でお預かりしていたお子さんで、努力家で優秀な3年生(女子です)がいました。
どのお子さんも、どの卒塾生もフラットに指導をしてきているつもりの私ですが、少なくと記憶?思い出?には一番強く残っている学年です。
インパクトの強いお子さんが多かったのか?あるいは、2011年でしたので、震災の混乱の中での校舎運営でしたので、表に出せない訳のわからない不安で必死だったからかもしれません。
そのお子さんは、県内の最人気校の一つである大宮高校を志望していました。
そこに挑戦できる意志とパワーを、北辰テスト(埼玉県のお子さんが高い確率で受ける、受けると”暗黙のいい事”がある業者テスト)の偏差値や、公立問題の過去問題を解いての記録で、出しつつある状況にありました。
(もちろん、苦労も努力も人一倍していたとわかりました)
受験の年が明け、志望校を決定する塾面談の日がやってきました。
塾の業界にいると、「お子さん本人の想い」と「保護者さんの想い」に挟まれるような状態になることが度々あります。
保護者さんの話を面談に際して伺っていると、どうにも保護者さんは、大宮高校より近場の川越女子高校(愛称は川女)に進ませたいと考えていることがわかってきました。
どちらも埼玉国では評判の良い、ハイレベル公立高校です。
ただし実は、大宮高校は彼女の居住地より大変に時間がかかる位置にあります。
川女は、乗り換えなしでその半分も通学時間がかからないでしょう。
保護者さんとしては、大宮高校にチャレンジするだけの学力があるのはわかるし、娘のガッツも日々見ている。
けれど、door to door で片道1時間30分(往復で3時間)を、毎日通わせるのが親としては非常に心配である。(本人を信じられないというより、物理的なハードルが高い。時間も消費する)
毎日が想像を絶する乗車率を誇る列車において、何が起こるかわからない。
「埼京線」「混雑」で検索を・・・
今までの常識が飛ぶような不安の感覚が押し寄せた2011年だけに、その心が表情から伝わってきました。
一心不乱に「大宮高校に行きたい!」と戦うお子さんと、「気持ちはわかるが心配…」な保護者さんの意志がなかなか一致しなかったのです。
結局その時に出した結論は、「大宮高校受験を断念し、川越女子高校へ」でした。
詳しくどんな話をしたのか?は実はよく覚えていません。
限られた面談の時間の中で、どこまでそのお子さんの心を拾えたのか、「契約者は保護者さんだから」という日和った考えでおれは川女を勧めたのではないのか、いや、このお子さんの可能性は魁自身が見て知っている。大宮でも勝てる。このままでは「大人に進路を決められてしまった」という思いが彼女の中に残るのでは、、、
全てにおいて満点の判断や、誰もが満足する結論など、やすやすと出せるものではありません。
いち従業員としては、「塾企業としてのベンチマーク構築」のために、少しでも名前の売れている学校にその子を挑ませるのが正しいかも知れませんし、「次の顧客を生み、売上を上げる」ためには、保護者さんの意向にピッタリと合った進路相談を展開するのが満足度を高めることかも知れません。
残念ながら、その時魁には会社員の視点はスッポリ抜け落ちており、どうすることが一緒に戦ってきたそのお子さんにとって、一番スッキリした未来が待っているのか?ということだけを真剣に考えまくっていました。
お子さん本人、保護者さんの想いに、他人だけど魁の考えが混ざった結果、やや強引に面談が終了したのを記憶しています。
後日、同じ社内からは、
「魁くんの校舎のあの子、大宮受けられるよね?なんでチャレンジさせないの??」
とも言われました。(自校舎の川女志望者にしわ寄せが来るから、だそうです)
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後年になって、大分成長して社会人になったそのお子さんとやり取りをする機会があり、以来ずっと気になっていた、その時の進路面談のことを、本人に改めて聞きたいと思いました。
魁「川女の3年間は楽しく過ごせたん?」
「超楽しかった!!!」
魁「実は進路面談のときな~、大宮には受かる確信があったのに川女を進めて決めさせてしまったな・・・と思っていたんだが、不本意ではなかったかと・・・」
「せんせ~!何言ってんですか?全然に気にしてないですよ!!超楽しかったですから!」
あー、きっとこのお子さんは、どこの高校に進んでも、花開く魂の持ち主だったのだな、過去をモヤモヤ気にしている必要はなかった・・・。
成長性を信じるとあの時感じていたのだから、その思いのままで良かったのだ、、、。おれなんかの出る幕じゃあない。
10年近く気にしていたモヤつきが、裏表のないその即答で一気に救われました。
いわゆる「ハイレベルの学校」に行けばその後も幸せであるとも、「妥協?して入った学校」では不完全な気持ちで過ごすとも限りません。
ただし、塾や家庭教師は、気に入らなかったらチェンジすればよいですが、入学した学校はそうはいきません。
担当していた時の話をするたびに、後に出会ったお子さん達からは「ありがとうございました。」「迷惑かけてすみませんでした。」などと言われますが、
こちらこそ・・・!が私の返事です。